英にょ日未満+土にょ日姉弟
まっとうでない世界で生きてるひとたちっぽいもの。
「返事ならば同じこと、私の側で寝食を共にする男は一族の中でも、同じ胞から生まれた兄弟だけ。
外の世界の方などとんでもないと申し上げましたのに…本当にアーサーさんはもの好きでいらっしゃいますねえ。」
やれやれと、それでも微笑んで、菊は手ずから茶を入れてくれた。
彼女の言う一族は、家名を持たない。
アーサーには不思議だが、故に様々な氏を持ち様々な職に就き様々な国で家族を持ち、それでも彼らは同じ一族であるという。
同胞という言葉の通り、同じ母から生まれた者達は兄弟であり、それが一族基盤となる。
例え容姿国籍が違っても、むしろ様々な血から優れた一族が生まれる事を女たちは望むという。
だが菊は、一族の女王は清らかでなくてはならなかった。
かつて、自国を繁栄に導いたという強き処女王の伝説がアーサーの脳裏に浮かぶ。
夜より深い黒髪オニキスの瞳、菊の儚くも凜とした眼差しにアーサーは幾度も恋をするのだ。
何度振られても、振られるやりとりすら楽しいと感じる。
腕ずくでもと思わないでもなかった、彼女から憎しみの眼差しを…せめて誰も見た事のないであろう烈火の如き眼差しを向けられたらという誘惑はなかなか…魅力的だった。
だが、それは清らかな彼女が世界を捨てる理由を与えるだけで、或いは彼女の世界から自分こそが切り落とされる可能性もあるわけで、どちらにしろそれは耐え難い事だった。
彼女は、利にならぬからと切り捨てる女ではない。
全てに優しい女だ、まるで母親のように。
だがアーサーは知っている。
彼女の幼い弟を傷つけた下僕は、彼女たち姉弟が同情し拾った少女の兄(芋づる式に拾ったらしい)であったが翌日より存在はもちろんその痕跡すらも消え失せた。
アーサーに兄の事を問われた、男の妹たる少女すら笑顔でそれはどなたでしょうかと聞き返し、菊もどなたでしょうねと微笑んだ。
その裏で、一族の客達には滋養の薬にとヒト猿の脳やら精巣やらが出回った。
何故アーサーが知っているかと言うと、アーサー自身も顧客のひとりであり目の前でそれらのリストが、大ぶりの猿の手と共に出されたからだ。
猿というにはいささか、毛が薄い腕であったが。
そんなところも、アーサーは気に入っている。
そして菊も何故かアーサーを気に入り、上客という事もあろうが、私室に通し茶を振るまうこともたびたびあった。
そのたび、アーサーは彼女の最愛の上の弟とぶつかるのだが、何故か菊は愉快そうに機嫌よくそれを眺めている。
消される心配はないようだが、一度止めないのかと尋ねると弟のそんな顔は珍しいから、とだけ答えて微笑まれた。
アーサーにも、やんちゃで少し素直でないがかわいい弟がいるので、なんとなく楽しいのだろうなと納得することにした。
時折、自分と彼女が酷く似ていると思うことがある。
互いに長子で、一筋縄ではいかぬ生き方をするしかない役目柄だろうか。
そんなとき、少しだけ恋ではない何かを、名を付け難い何かを感じる。
だから、アーサーは菊を失いたくなかった。
菊との繋がりを失くす事だけが、アーサーの中の、希薄なはずの恐怖という感覚を揺さぶる。
手に入れたいという熱情に侵され、菊にアプローチを始め、見かけぬようになった連中も多い。
だが静かに呼び覚まされる恐怖と、名状しがたい柔らかな感情、アーサーの恋を阻みながら菊に縛りつけるふたつの鎖がある限り、アーサーは熱情に溺れる事は出来ないのだろう。
失わぬために、無意識にアーサーが選んだポジション。
それは彼女にとって、おそらく一族の次に近い位置で…居心地は案外悪くない。
だから今日もまたアーサーは薔薇と紅茶を持って、菊を訪ねる。
いい年した男の恋のアプローチというには可愛らしいそれを、菊は優しく、彼女の上の弟は渋々出迎えるのだ。
例えば暗鬱とした世界で、例えばおどろおどろしいものを背負って生きていたとしても、その時間だけは確かに光ある場所に立っている。
いつか自分の弟も共に立つ事ができるだろうかと夢想し、アーサーは笑った。